ノートルダム大聖堂の修復・再建に関する怒りのまとめ

2019年5月19日 0 投稿者: goldeneuglena

今回の記事では、私の勉強を兼ねて、ノートルダム大聖堂の修復と再建をめぐるフランス政府のヤバさと、政府の方針に危機感を抱く専門家の意見を共有し、みんなで世界遺産としてのノートルダム大聖堂について考えたいという趣旨です。

 

 

私は専門家でもないので、きっと間違った認識をしている箇所も多々あると思われます。お気づきの際は、ぜひコメント欄やメッセージなどでご教示ください!適宜記事を修復していきます!よろしくお願いします!

また当記事の執筆時期は2019年5月であり、最新情報については触れていません。ご注意ください。

 

 

とても長い記事なので、目次を開いてお好きなところから読んでいただければと思います

 

 

 

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ノートルダム大聖堂の修復・再建への政府がやばい。

マクロン大統領というかフランス政府、個人的にもかなりヤバみを感じます。

まずは、フランスの政府側のノートルダム大聖堂の保存修復に関するヤバさを共有したいと思います。

 

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①マクロン大統領:世界遺産なのにユネスコのルール無視

 

みなさん、ノートルダム大聖堂の尖塔について、マクロン大統領が言ったこと覚えてますか?

 

  • 5年で修復
  • 国際建築コンクール

 

これどう思いました?

私は正直「何言ってんだこいつ?」って感じでした。

 

ノートルダム大聖堂が世界遺産だというのは周知の事実だと思います。後述しますが、世界遺産に登録されたものは、修復・再建する場合、とても厳しいルールに従う必要があります。

なぜなら世界遺産は人類の財産であり、次の世代にも残すべき財産だからです。

同時代に生きる人々が好き勝手にいじるのはもちろん、フランスという国に建つ建物であってもフランス人が自由にしてはいけませんというルールなのです。

現時点で世界遺産に名前を連ねているのなら、そのルールに従うことをまず考えるのが通常あるべき過程でしょう。※個人的には世界遺産自体にも色々と思うところはありますが。

 

 

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②ユネスコの事務局長:ルール(ヴェネツィア憲章)に言及せずに再建に対しての意見を述べている?

 

現在のユネスコ事務局長はオードレ・アズレという人物です(Wiki)。アズレ事務局長は2019年4月に声明を出しているのですが、La Tribune de l’Artによると、ルールであるヴェネツィア憲章に言及せずに自分の意見を表明しているようです。

 

…elle porte sur le rôle à venir de l’UNESCO, ou plutôt de sa présidente actuelle Audrey Azoulay dans cette affaire. … À ce titre, l’UNESCO aura des préconisations à fournir, une surveillance à faire et des aides à apporter. Et Audrey Azoulay ne se prive d’ailleurs pas de parler dans la presse, par exemple dans le Journal du Dimanche paru hier. Elle vient entre autre y donner déjà son avis sur la restauration en omettant de signaler le classement monument historique et en ne faisant aucune allusion à la charte de Venise.

 

引用元: Audrey Azoulay est-elle légitime pour s’occuper de Notre-Dame ?

※(…)による省略と太字は筆者。

 

上記のLa Tribune de l’Artの記事でも指摘されていますがノートルダム大聖堂は世界遺産なので、ユネスコの諮問機関が再建・修復に関して監視する役割を担っています。

そしてその基準となるのがヴェネツィア憲章(ICOMOSのPDFリンク)なのですが、それを忘れて再建についって意見を述べるのは、ユネスコのボスとして大丈夫なんでしょうかね?

引用記事には続きがあり、アズレ事務局長はフランスの文化大臣だったころに、イタリア人教授によるノートルダム大聖堂の危険性を報告したレポートを無視してたという告発も書いてあります。

 

 

 

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ノートルダム大聖堂の再建に対する専門家の危機感

 

上述したように、ノートルダム大聖堂をめぐる再建・修復の問題は、本来ならば世界遺産として後世に残すためのに議論されるべき問題です。しかし、大統領をはじめ、フランス世論も元政治家のユネスコ事務局長ですら、歴史や哲学的な問いを放棄しているようにみえます。

この状況に対して、知識人や専門家から批判が相次ぎました。

ここでは私が見つけた記事をご紹介します。

 

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②Dolff-Bonekämper氏:3つの懸念事項。

 

ベルリン技術大学(l’Université Technique de Berlin)の教授で、保存と都市遺産を専門とするGabi Dolff-Bonekämper氏は4月26日にLa Tribune de l’Art紙上で3つの点で懸念を表明しています。

 

1つは、中世の「森」が焼失してしまったこと。これは大聖堂の屋根の部分の話です。1200年頃の木材は、歴史的にも科学的にも非常に貴重なものであると指摘しています。

 

2つ目はViolet-le-Ducの尖塔。ネオ=ゴシック(ゴシック・リヴァイヴァル)は20世紀に批判されたけれども、ヨーロッパ中いたるところに建てられたことは歴史的にも重要な時代でした。その重要な時代の遺構を失ってしまったということですね。

 

最後は大統領の発言についてです。Dolff-Bonekämper氏は以下のように述べます。

 

Pour finir, un mot sur la rhétorique des hommes politiques : le Président de la République a annoncé, avec une voix forte et en première réaction au choc de l’incendie, qu’on allait reconstruire « plus beau qu’avant » et cela en cinq ans. La flèche, pour lui ne faisait pas partie du monument.

 

引用元記事:Notre-Dame : trois inquiétudes venues d’Allemagne.

 

大統領は再建に関して「以前より美しく」と発言したのです。この点に関してDolff-Bonekämper氏は、1825年のHugoによる 「破壊者との戦い(フランス語だと«guerre aux démolisseurs », wikisourceで読めます」を引き合いに出し、批判しています。

 

「以前より美しく」という発言からも、大統領が専門家の意見を聞いていなかったことがわかります。歴史とか保存修復の分野の現代人は、「以前より美しく」なんて絶対言わないです。

 

 

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②フランス国内外の専門家からの批判

 

4月30日、フィガロ紙上で専門家の連名での手紙が公開されました。署名した専門家は1000人以上。日本からも西洋の中世建築史などが名前を連ねています。

 

署名した専門家の一覧はこちら。

 

紙面上では、拙速な再建を行わないこと、また調査をさせてほしいことなどが書かれていたそうです。

 

 

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③Trolle氏:5年で再建することへ妥当性への疑問、政治利用への危機感

 

2019年5月2日、Ledovic Trolle(モンタランベール倫理政治学院学院長, Institut Ethique et Politique Montalembert)はマクロン大統領への手紙を公開します。

ノートルダム大聖堂への再建に関する内容で、多くの知識人や政治家による署名が含まれていました。手紙の中でTrolle氏は問いかけます。

 

Comment justifier un programme de restauration limité à 5 ans avant tout diagnostic, sans expertise ni concertation des professionnels, des métiers d’art, des Compagnons du devoir, des associations de sauvegarde du patrimoine et sans l’avis de son affectataire, l’Église et de ses usagers, les catholiques?

 

引用元記事:“Notre-Dame ne peut être prise en otage par des enjeux politiques” : lettre ouverte à Emmanuel Macron

 

Trolle氏は5年という限定された時間での再建は、どのように正当化されるのか。専門家や知識人の協力も意見もない状態なのに、と問います。

マクロン大統領が5年で再建すると述べたのは、火災とほぼ同じ日でした。早すぎるタイミングでの発言なので、この5年で再建するという内容は専門家との会議で決められたことではないのは明らかです。

 

Trolle氏はさらにマクロン大統領の姿勢を批判します。

 

Monsieur le Président, la cathédrale Notre-Dame, patrimoine de l’humanité, ne peut être prise en otage pour servir des enjeux politiques et économiques indignes de sa vocation historique, culturelle et spirituelle.

 

引用元記事:“Notre-Dame ne peut être prise en otage par des enjeux politiques” : lettre ouverte à Emmanuel Macron

 

 

人類の遺産であるノートルダム大聖堂は、政治と経済の争点としてはならないのです。早期に再建することや、そのための現代建築のコンクールを開催するのではなく、専門家と協議して、ノートルダム大聖堂の歴史的・文化的な側面、そして精神性を尊重することが唯一の道なのではないか…私も専門家ではないですが、記念物を政治利用せず、後世に残すための議論を深く行うことには同意します。

 

 

 

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ノートルダム大聖堂を通して世界遺産ついて考える。

 

危機意識を共有したところで、ここからは一緒に考えていきましょう。

さて、火災に遭ってしまった大聖堂。

フランス政府はズレたこと言ってるけど、でも実際問題、大聖堂どうするの?修復するの?という課題からは逃げられません。とにかく、どうにか答えを出す必要があります。その基準となるのがノートルダム大聖堂が世界遺産だということです。

 

 

①ユネスコ・世界遺産のルール「ヴェネツィア憲章」

 

世界遺産に選定された建物や芸術作品などは、例え破損したとしても、自由に修復を行ってはいけません。基本的にヴェネツィア憲章に従って修復されます。

ヴェニス憲章は正式には「記念建造物および遺跡の保全と修復のための国際憲章」という名称です。

アテネ憲章という古い憲章を批判して1965年に採択されました。

条項は全部で16条あり、

 

定義:第1~2条

目的:第3条

保全:第4~8条

修復:第9~13条

歴史的遺跡:第14条

発掘:第15条

公表:第16条

 

という構成になっています。

すべてをここで述べるわけにはいかないので、私が素人目にノートルダム大聖堂の再建・修復に関連して重要だと思う点をピックアップしてみます。

 

 

保全の第5条

記念建造物の保全は、建造物を社会的に有用な目的のために利用すれば、常に容易になる。それゆえ、そうした社会的活用は望ましいことであるが、建物の設計と装飾を変更してはならない。機能の変更によって必要となる改造を検討し、認可する場合も、こうした制約の範囲を逸脱してはならない。

 

 

修復の第9条

…修復の目的は、記念建造物の美的価値と歴史的価値を保存し、明示することにあり、オリジナルな材料と確実な資料を尊重することに基づく。推測による修復を行ってはならない。

 

 

同第 10 条

伝統的な技術が不適切であることが明らかな場合には、科学的なデータによってその有効性が示され、経験的にも立証されている近代的な保全、構築技術を用いて、記念建造物の補強をすることも許される。

 

 

同第11条

ある記念建造物に寄与したすべての時代の正当な貢献を尊重すべきである。様式の統一は修復の目的ではないからである。

※太字は筆者。

 

ピックアップした箇所を見ても、歴史的遺産とは、遺産に関わった過去の様々な時代を尊重し、それを次の時代に残すために細心の注意が払われているとわかります。

ヴェネツィア憲章は英語と日本語で書いてありますし、ページ数も多くはないので、ぜひ一度目を通して見てほしいです。ヴェネツィア憲章のリンクはこちら。

 

 

②ノートルダム大聖堂の尖塔と世界遺産

以上のヴェネツィア憲章を踏まえてノートルダム大聖堂について改めて関挙げてみたいと思います。

 

ノートルダム大聖堂は、大聖堂の建物が単一で世界遺産に登録されているわけではなく、セーヌ河岸の建築群の一つとしての登録です(参考URL:ユネスコ)。

なので、元々の世界遺産として性格も中世から近代まで時代の幅があるものであると言えます。

 

また、ノートルダム大聖堂という単一でみても、中世から近代まで複数の時代の人々が貢献している建物です。例えば今回の火災でも焼失した尖塔は19世紀の建築ですし、屋根は中世のものです。

 

このような複数の時代の人々が関わってきた記念物であるノートルダム大聖堂は、ヴェネツィア憲章の第11条「ある記念建造物に寄与したすべての時代の正当な貢献を尊重すべきである。様式の統一は修復の目的ではないからである。」に基づいて修復されるものと考えられます。

 

さらに、突飛な現代建築による尖塔の再建は、論外です。ヴェネツィア憲章の保全の第5条「建物の設計と装飾を変更してはならない。」という事からも、議論にすら上らないものだと、素人的には思います。

マクロン大統領が現代建築による再建について言及していましたが、少なくとも19世紀の尖塔部分は資料がある可能性が高い(未確認)ですし、3Dスキャンのデータもあるようです。

ノートルダム大聖堂が世界遺産である以上、勝手に現代建築を建てるなんてことは通常なら許されないでしょう。

 

 

 

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おわりー歴史や文化財の保存修復だけではなく、後世に伝えることについてみんなで考えたい。

 

尖塔を新しく再建するのか、古い姿として再建するのかという調査では、44%の人が新しく再建する方が良いとおもと考えているようです。

確かに、ただの観光拠点ならユニークなデザインだったり、最新の技術を用いて全く新しい塔を建ててもいいのかもしれません。

 

しかし、ノートルダム大聖堂は歴史的記念物で世界遺産です。

ということは、我々現代人の好みだけではなく、過去にノートルダム大聖堂に関わった人々と、さらに未来にノートルダム大聖堂見ることになる世代のことも視野に入れる必要があります。

 

また、修復案が決定しても、その修復が未来永劫絶対の正解である、とは言い切れません

19世紀にノートルダム大聖堂を修復したViolet-le-Ducは、記念物に対して「創作活動」をしたので、後の時代に批判されています。彼にとって「修復」とは、「完璧にすること」だったのです。最近どこかで耳にしたような?そうですね、マクロン大統領が「より美しくする」とか言ってましたね。両者の発言はとても似ています。ふっしぎー。

 

現代の記念物の修復とは、歴史の中で試行錯誤し、批判を繰り返してきた成果でもあります。

せっかく今まで先人が挑戦と批判と議論を繰り返して今現在の制度があるのです。

そのルールを守るor守らない、いずれにしろ、専門家を交え、市井の人とも議論を重ねて方向を決めるべきでしょう。真剣に向き合う過程を経ることが、後の世代へ示すべき最低限の現代人の姿勢だと思います。

 

ちなみに私の意見は今のところ、修復は最低限にとどめたほうがいいのでは?と思います。だってオリジナルの素材はもうこの世にない訳ですし…形だけ前のままに復元するのって、なんか嘘ついてるような気がするというか…。

また文化財とか歴史のプロが口をそろえて5年じゃ無理って言ってるわけなので、オリンピックのスケジュールよりも、しっかり専門家の意見を優先してほしいです。

 

 

あ、あとみんな中世中世言ってるけど、近代も構成に伝えるべき歴史だからね!ノートルダム大聖堂のファサードを見上げて、19世紀を感じてね!

 

参考URL・記事一覧

Marianne “Notre-Dame ne peut être prise en otage par des enjeux politiques” : lettre ouverte à Emmanuel Macron

La Tribune de l’Art ” Audrey Azoulay est-elle légitime pour s’occuper de Notre-Dame ?”

La Tribune de l’Art ”Notre-Dame : trois inquiétudes venues d’Allemagne”

日本ICOMOS, ヴェネツィア憲章PDF

 

※注記

本文中の「ノートルダム大聖堂」の表記について、フランス語ではla cathédrale Notre-Dame de Paris なので、日本語で大聖堂なのか寺院なのか、ノートル=ダムなのかノートル・ダムなのか、パリを入れるのか否か、で迷ったのですが、すべて「ノートルダム大聖堂」に統一しています。

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