ノートルダム大聖堂の火災で19世紀の建築が失われて悲しい。

こんにちは。ミドリムシです。今日は日記的な記事です。

 

皆さんもうご存知だと思うのですが、パリのノートルダム大聖堂が火災に遭ってしまいました。これを書き始めた頃はまだ燃えていましたが、現在は沈静化しているようです。

私は言葉にするのが困難なほど、つらい気持ちです。この記事を読んでいる皆さんの中にもつらい気持ちの方がいらっしゃることでしょう。私自身は今アメリカにいるのに、とても悲しく、悔しく、赤く燃える尖塔を画面越しに眺め、どうしようもない気持ちになっています。何もできないのに、何かしたいような、何か言いたいような気持です。つらいです。これを読んでいるみなさんも、色々な視点からの思いがあると思います。

 

私の場合、まずニュース映像をみて一番最初に思ったことは、「どうしよう、こんなとんでもないことが我々の時代に引き起こしてしまった、起こしてしまった」という歴史的な視点からの後悔のようなものでした。

ノートルダム大聖堂はフランスはパリの文字通り中心に位置しており、世界屈指の観光地であり、ユネスコの文化遺産です。またパリやフランスのアイデンティティとも深くかかわるような重要な記念物もあります。

 

ざっくり建築史的に説明すると、現在のノートルダム大聖堂はゴシック様式の建築として知られています(場所の起源や前身となる教会堂はもっと古い)

着工は1163年頃ですが、ファサード(2つの塔がある西向きの正面入口)やフライング・バットレス(建物の外壁を囲むように配される梁)を含めると、完成は14世中頃になります。その後も祭壇が新しくなったり、公共の噴水(泉?)が建設されたり色々と工事は行われたようですが、最も大きな変化があったのはやはりフランス革命の頃で、ものすごく破壊や盗難にあったようです。

その後、19世紀中ごろに、Violet-le-Ducらを中心としてノートルダム大聖堂の修復が行われることになります。ファサードの彫刻なども大規模に修復されているので、現代のわれわれが見ているノートルダム大聖堂は、19世紀に修復されたゴシック様式と言っても過言ではありません。ニュース映像を見た方は覚えていらっしゃるでしょう、今回の火災で衝撃的に崩壊した尖塔は、この頃に19世紀のフランス人が再建したものです。

 

19世紀か、そんなに古くないので、まぁ、不幸中の幸い」

そう思った方も多いでしょう。

 

私はフランスのことしか知らないので限定しますが、19世紀のフランスは、中世という過去を再発見し、中世に自分たちの源流や、自分たちが守るべきものを見出した時代です。「中間の時代」に意味を見出したのもこの時代です。そしてこの19世紀フランスの中世ムーブメントともいうべき動きの中に、かの有名なヴィクトル・ユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』があります。

木造の尖塔を経過したのは19世紀に活躍したViolet-le-Ducという建築家で、彼はフランス各地で非常に多くの中世建築の修復に関わります。ノートルダム大聖堂の木造の塔で実際に仕事を行ったのはBelluという大工さんでした。彼らが中世に目覚めた19世紀当時、木造の塔は革命によって既に無く、彼らは彼らなりの方法で再建設を試みます。

つまりパリのノートルダム大聖堂は、近代フランスの舞台であると同時に、彼らが手を伸ばしてとらえようとした中世そのものであり、彼ら自身にとっての中世なのです。そして今回の火災は、19世紀の中世観というマトリョシカのような歴史観の貴重な遺構の一つの喪失なのです。近代人が彼らの過去へ抱いていた視点や思考の一部が、我々の時代に、火災で失われてしまったのです。

中世の大聖堂にあった19世紀の建築が崩壊した、大聖堂の構造部分が無事でよかったという意見は、ある視点から正しいのです。でも、古いから大切、新しいからまだ価値が低い、美しい観光地の悲劇的な火災、それだけではないのです。古くても新しくても、私たち人間が考え試行錯誤し生きたという歴史であり、私たちはそれを失ったのです。

私は建物に関するフランスの本が好きでよく読むのですが、そこでよく情熱的に中世を追い求め、中世の遺構と向き合った人々に出会います。そして同じ時代に生きる人間として、今回の火災について、過去の人へ、本当に申し訳なく思います。

 

そして私たちの後の世代の人々へも。

 

私は、火災が収まった後の修復・再建の問題も気になります。

何をどこまで修復するのでしょうか。

どのように再建できるのでしょうか。

同じ様子に再現できればそれでいいのでしょうか?それとも石や木の組石や寸法、建設方法も含めて再建するのでしょうか。でもそれは、そもそも可能なのでしょうか。

もし不可能なら、どのように再建するのが妥当なのでしょうか。

ルールは色々あると思いますが、たぶん絶対的な正解はないので、きっとこれから再建に関わる専門家の皆さんは大変ですよね。私が関わるわけではないけれど、でも考えずにはいられない。

 

ただ、今回の火災で個人的には1つだけ良いこと(と言っていいのか)があって。こういう万が一のことに備える意味で、歴史家が必要なのだな、と思えたことです。過去に立ち返る必要が出たときに、過去の人々の生きた軌跡をできるだけ掬い上げることができるように、何を救い上げるのか判断できるように、そういう発掘作業ができる人材は必要な気がします。

最後になりましたが、エモい勢いで書いてしまったので情報が間違っている可能性もあります。下記に使用したリンクを貼っておくので、よろしければ参照してください。

ノートルダム大聖堂公式の尖塔について(フランス語)

Wikipediaノートルダム大聖堂(フランス語)

広告

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA