【Kindle Unlimited】原田マハ『翼をください』【おすすめ】
2020年8月3日今の世の中を見渡し、不穏な空気を感じている人も少なくはないと思います。
今まで国境など無いに等しかったグローバル社会において、新型コロナウイルスにかかる各国の感染対策として入国が数か月にわたり制限されたことは私にとっては衝撃的でした。
またアメリカ国内では、マスクをする・しないということが感染対策・公衆衛生というよりは政治的な道具となってしまったり、BLMに対抗するようにAll Lives Matterという人がいたり、何だか世界がバラバラに分断されるような緊張を感じ続けていました。
第二次世界大戦の少し前を舞台にした『翼をください』は、そんな分断が進む現在の私達の世界との重なるような気がしてなりません。
また個人的には2つ、心に残った観点がありました。
1つは、平和について。
もう一つは、女性として生きるということについて。
本稿ではこの2点を中心に、私の感想を共有したいと思います。Kindle Unlimitedで面白い小説が読みたいと思っている人には特におすすめです。
Contents
『翼をください』における女性
新聞記者、青山翔子
『翼をください』の物語は、二重の構造になっています。1層目の語り手である主人公は新聞記者の青山翔子。翔子は、地方局から念願の本社へ移動したものの、本当に行きたい社会部ではなく家庭部に配属されてしまいます。現代社会でも、女性としての役割を外から求められる存在です。
翔子が働く新聞社の社員として登場する人物の中には、翔子以外に女性がいません。助けてくれる同期も男性で、もちろん上司も男性。そんないわゆる「男社会」な環境なのですが、とあるきっかけで新聞社主筆の岡林泰三に新聞記者をやめろと言われてしまうのです。
パイロット、エイミー・イーグルウィング
社会が未だに男性が主であった時、そこで女性として存在するこということについては、物語の2層目の主人公である女性飛行士エイミー・イーグルウィングの周囲でも見られます。
「あなたが『レディ・リンドバーグ』ですか?」
自分の目の前に立つ唯一の女性に向かって、大統領はそう声をかけた。おそらくは彼のブレーンが、会見の五分前に予備知識として最近のエイミーのニックネームを耳に入れたに違いない。女リンドバーグ。マスコミが勝手に与えたその称号を、エイミーはあまり気に行ってはいなかった。
-『翼をください』「ペンシルヴァニア通り、ワシントンD.C. 一九三三年」より
どんな偉業を達成しても、そこに「レディ」「女○○」という枕詞がついてしまう。
戦前など、今よりももっと男女間の役割や性差別があからさまであったでしょう。そのような時代において、飛ぶことに魅了されたエイミーはヒロインとしてその工面からは逃れられません。
しかし「女性」という要素は、エイミーを縛るだけではく、女性を励ますものでもありました。あるきっかけで困難な状況に陥ったエイミーを支えていたのは、仲間以外にも同じ女性からの手紙だったのです。
人知れず悩んだエイミーをそれでも空に向かわせたのは、トビアスたちのチームメイトの存在と、全米から寄せられる女性たちの期待の声だった。
世界は一つ。その中の一人に、私も桑食っているのだと信じています。
ニューオーリンズの硬い中の貧しい黒人女性からの手紙を、エイミーは大切に持ち歩いていた。
-『翼をください』「ペンシルヴァニア通り、ワシントンD.C. 一九三三年」より
『翼をください』おけるナショナリズムと平和
ニッポン号
『翼をください』はニッポン号(Wiki)という実際に世界一周をした飛行機の話をモチーフにしています。
乗員のモデルも、実際のニッポン号に乗った人物たちに由来しています。なので名前が非常に似ているのです!
史実とフィクションの隙間を行き来する絶妙な塩梅に加えて、読後に確認したwikipediaでも登場人物の名前が実際の人物の名前とそっくりなのだから余計にどこまでが本当の歴史なのかわからなくなっていきます。おかげでページをめくる手が止まらないのですが…。
これだけでも何となく推測する人はいると思われますが、本書は全体を通して、第二次世界大戦の前の日本のナショナリズム的な空気が読み取れます。
何とか日本も世界一周をしたい。それも国産の飛行機で飛びたい、日本もできるのだ!と思いたいし、世界に見せたい。
そしてそれをよく思わないイギリスやアメリカ。
概観するとそのような愛国心をくすぐる内容であるのは確かなのですが、諸手を挙げて日本万歳!と叫ぶような小説ではないというのが私が好きな点なのです。
ナショナリズムを越えて
エイミーが会見で言った発言、”One World”に、すべてが集約されています。
緊張する世界情勢のただなかであっても、上空から世界を見たエイミーにとっては、国境は地図上に描かれているに過ぎない。日本やアメリカやヨーロッパの国々が政治的にどうであれ、国というシステムを超えて世界を見ていたのでしょう。
そして、一人ひとりの人間がもつ「飛びたい」という情熱にも、国境はないのです。エイミーは女性でありアメリカ人だけど、男性で日本人の暁星新聞社の一団とも、飛ぶことへの情熱を共有しているのです。
あとがきで触れられているところによると、戦前の白人優位主義の世界の中で、アジア人である日本が飛行機で世界一周することがどれだけマイノリティの人々を勇気づけただろうか、という視点があったようです。
おわりに-みんな違うし国境はあるけれど…
エイミーは「世界は一つ」といいます。空から見たら国境がなかった。だから国境なんて人間が作ったもの、みんな同じなんだ。
そんなエイミーにアインシュタイン博士は、「国境は人類の想像の産物なんかじゃない。確固としてそこに存在するんだよ。だから、世界は一つじゃないんだ。」と反論します。そして博士の言葉を受け、みんな違うから、一つではないから共存しなければならない、とエイミーは気付くのです。
私は博士とエイミーのやり取りの箇所が一番好きなのですが、それは個人的に最近考えていること、つまり「どうやって価値観の違う人々と共存すればいいのだろう?」ということに関連するからかもしれません。
例えば、感染対策でのマスクをつける/つけない、ということとか。ネットで毎日のように上がってくる人種差別をする人の激しい動画とか。
SNSがインフラになった現代だと、価値観が違いすぎる人はブロックしてサヨナラしまえばいいと思うのです。でもブロックし続けてて、価値観の合う人とだけで集まってSNS以外でもそれでいいのだろうか?とか。特に読後に答えが出たというわけではないのですが、『翼をください』はフィクションでありながら、現在の我々にも示唆に富んだ作品だと思います。おすすめです。