加藤諦三『「大人になり切れない人」の心理』は毒親を理解するのに役立つ本

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なぜか親との関係がうまくいかない。そしておそらくはこの苦しい関係が原因で毎日生きるのがつらい。

そんな自分とそして親について解説してくれる手がかりのようなものがあれば、とても助けになるとは思いませんか?

 

 

本記事では、読めば毒親の謎が解けるかもしれない加藤諦三著『「大人になり切れない人」の心理』の感想と私の実際の体験をシェアする記事です。

 

 

本書は、幼少期に愛情で願望が満たされないのに社会的には大人になってしまった人を「五歳児の大人」として、心のしくみや生きる辛さの解説を試みる本です。

加えて苦しい自分=五歳児の大人の心理の理解だけではなく、その親、つまり自分の毒親についても理解もできる本でもあると管理人は考えています。

 

 

こじれた親子関係の難しさは、一番近い関係であるはずの親の言動について様々に謎があるところでしょう。

子の立場の人は関係が上手くいかないのを「自分の性格が悪いから…?」と自己否定してしまったり、「なぜこのような酷い扱いをするのか?」と悲しく不満が噴出したり、答えの出ないことで延々と思考が止まらないこともありますよね。このグルグルした状態では生きるのも大変で、苦しい日々も多いでしょう。

 

 

この本を読むことで、そんな親への謎を明らかにする糸口となると思います。

つまり、あなたや私の親は満たされない5歳児の心を持ったまま大人になってしまったのです。この本によって親も、私やあなたと言った子の立場の人も、心理的に満たされない5歳児の大人であると示されることで、こじれた親と子の関係を俯瞰的に、広い視野で認識できます。そして視野が広くなることで、延々と続く悩みについて少しだけ腑に落ちて、少しだけスッキリした日常を過ごせるかもしれません。

 

この本は五歳児の心を持った親に自分と親、両方の心理を理解したい人にとてもおすすめです。

 

 

ちなみにこの本を含め加藤諦三氏の本は複数冊がKindle Unlimitedに登録されています。Kindle Unlimitedが初めての方は30日間の無料体験を利用して一気に読んでしまうというのも良いかもしれません。

 

 

 

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加藤諦三『「大人になり切れない人」の心理』でわかる毒親の心

 

 

本書は、生きるのがつらい自分自身を理解するのにも役立つだけではなく、私やあなたの親(や家族)を理解するのにも参考になります。

例えば、私が実際に目を通したところ、特に前半で複数「これは私の実母に当てはまるかもしれない!」という記述が散見されました。

 

 

5歳児の大人は、小さいころから、したくないことを強制的にさせられていたことで憎しみを持っているし、またそれだけに、同じように嫌なことをしない人を許さない。

第一章>真面目などということは、信用ならない>やりたいことを「とことんやった」人は満足する

 

実母が私に小さいことから話していた事に、「小さい頃、自分(=実母)は習い事漬けで、ずっと辛かった。近所にいる出来の良い子と比較されていた」というものがあります。

小学校低学年のことから平日の放課後はすべて習い事で埋まっていたそうです。かなり嫌々ながらやっていた実母は、この経験から自分の子供には習い事を無理強いしない、と決意したそうです。

 

 

確かに習い事と勉強に関しては、比較的私の意志を尊重してくれていたと思います。ただ、それは「勉強や習い事は自由にさせる」という実母が決めた枠の中に限定され、私という個人の人格は否定されていたし、服装や趣味という勉強や習い事以外については実母から侵略を受けていた訳ですが…。

 

 

三番目は、家族旅行が好き。小さい頃の家族愛が満たされていないから、家族旅行が好きである。親になってから、子供時代の欲求を満たそうとしている。もちろんそのことに本人は気が付いていない。自分の愛情欲求を満たすのだから、その家族旅行は自分が楽しまないと面白くない。

第二章>五歳児の大人が望む五つの条件

 

実母は、1年に一回は家族旅行をしようとしていました。しかしそれは実母の行きたいところでした。特に私や弟や父に「どこに行きたい?」と聞くことはなく、基本的に行き先は温泉宿で10歳かそこらの私や弟は興味が薄いのですが、気づいたら決まっているのです。

一度だけ12歳の時に私が行ってみたいと言い出して山口に行ったことがあります。ただしそれは、当時私が嵌っていた明治維新に関する勉強を兼ねたものだったので、おそらく自由にしてよい勉学の範囲だったのでOKだったのだろうと推測しています。

 

『「大人になり切れない人」の心理』を読むと、自分だけではなく、毒親も「五歳児の大人」で、そしてそうならざるを得ない原因があったのだろうということが少しだけ理解できるような気がするのです。

だからと言って、今の私やあなたが抱えている辛さがなかったことになる訳ではないのですが、この本を読むと「心がしんどいのも、五歳児の大人に育てられたのだから、しょうがない」と思えます。毒親が「五歳児の大人」だったとわかると、モヤモヤとした気持ちや恨みも、手放すというか、諦めやすいと思うのです。

 

 

 

自分自身の幼稚さを認めて生きる

 

『「大人になり切れない人」の心理』の後半、特に第6章「自分と向き合えば、生き方が変わる」以降では、「どう生きればいいのか」に焦点が当てられています。

方法についてはいくつか触れられているのですが、特に私が印象に残った箇所を引用したいと思います。

 

元々、あなたはやつれて、今頃はもう生きていなくても仕方がないのである。それなのにあなたは、今現在、立派に生きている。あなたの忍耐力、向上心は大変なものである。その頑張りとひたむきな姿は、見上げたものなのである。

第6章>今、生きていることが素晴らしい

 

加藤諦三は、身体的なハンディキャップや経済的な格差と同じように、愛情豊かな家に生まれたかどうかでも各々に格差が存在すると指摘します。毒親の元に生まれてしまった人は、そもそも親からの愛情や理想的な心理的成長という側面ではハンディキャップがあるのです。

 

でも、今生き延びている。それはとてもすごい事なのです。

 

 

私の場合は、父親が仕事人間で家庭に不在、実母も自分の呪いと戦ってるけれど心はやっぱり五歳児、弟は母の愛玩児…そんな環境で私も五歳児の心があるにもかかわらず今まで生きて、さらに幸せを感じられるというのはすごいこと。

 

あなたも、今毎日を生きているというのはすごいことなのです。

 

 

おわりに-親に対する謎が解明されたような

 

私はいままで、実母に矛盾を感じていて、それが苦痛の原因の一つでした。

「好きなことしなさい」とまるで私自身を尊重しているような言動、その一方で過剰に干渉されたり実母の価値観を押し付けてくる(そして反抗すると不機嫌なって家出する)。

この矛盾のせいで「好き事させてもらってるし、私が我儘なのだ」と思わざるを得なかったのです。

 

 

『「大人になり切れない人」の心理』を読むと、矛盾した実母も、その母親(=私の祖母)から「五歳児の大人」として育てられてしまったのだとわかります。

 

祖母も戦時中から看護師として働き、母が生まれた頃には夜間高校にも行ったりしてたとかで、非常に忙しく、実母もさみしい思いをしていた、と言っていました。ほぼ確実に、実母は「五歳児の大人」なのだろうと思います。

 

そして、実母の場合彼女が自覚する悲しかった体験については、同じ思いを子供にさせまいと専業主婦を選んだし、教育にはお金をかけるけど習い事漬けで子供の嫌いなことはさせないようにしていたのです。たぶんこの2点はかなり意識的に実母が戦った部分なのだと思います。

 

実母も戦った、私も今戦っている五歳児の大人。そして実母と私以外にも、おそらく亡くなった父も、弟(鬱病を繰り返してる)も、みんな5歳児だったんだなーっと、腑に落ちました。

そうわかっただけでも、だいぶスッキリです。

 

親とのわだかまりを、心の問題として紐解いて説明してほしい、そう思う人には加藤諦三の『「大人になり切れない人」の心理』はとても役立つ本だと言えます。

 

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を見ると、微生物がない頭で思考をこねくり回してる様子を観察できます。

 

 

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