実母が過干渉系で支配的な毒親(微毒)という件について

雑記アイキャッチ

こんにちは、ミドリムシです。

最近、実母と激しく喧嘩しておりまして。同じ母国語を持つにもかかわらず、なんとも話が通じない、なぜ相手はそのような行動にでるのか理解できない、苦しい…という日々が続いています。

 

分かり合えないと諦めることから対話が始めるーコミュ障におすすめの本

 

 

今日はいつものアメリカ生活体験記やサンアントニオ観光の記事ではなく、管理者個人のしんどさを吐き出させてほしい日記みたいな記事です。なのでいつか消すかもしれないし、消さないかもしれない。

 

もーまじしんどーい。

 

 

 

 

広告

実母が過干渉系の毒嫌である件について、実際どんな感じなのか

 

実母からは暴力を受けたりネグレクトされたわけでは無いので、いわゆる「毒親」かと問われると「微毒」程度かな?割としょうがないのかな?とも思ってたのですが、とはいえ、しんどいんす。

 

どんな感じなのか下記に書き出してみました。

子供=私です。

 

 

広告

 

 

幼少期(幼稚園から小学生頃)

 

・服装を強要する、母親の好みではないなどと言って干渉する。子供っぽい服装を着させたがる。子供が選んだものには反対する。

これは中学に行くまで続きましたっけね。

 

 

・子供が反抗すると、子供が幼いにもかかわらず家出によって脅迫する。反抗するとご飯を食べられない。

弟が母に「出ていくのは母の仕事を放棄している」と言ってから、出てくのをやめたそうです。弟の話は聞くってどういうこと~。

 

 

 

・塗り絵を勝手に塗る、「ばれないと思った」という。子供の不可侵な領域にまで土足で進入する。

これすごくショックだったんですよね、未だに覚えてるんだけど。私お絵描き得意で、なんかコンクールに出せば受賞してたんで、子供心にも美術や図画工作は私の領域!というプライドがあったんですね。でもそういうのを土足で踏み荒らす…。

 

 

・私が嘘つきであると思いこんで、信じてくれない。

小6頃に手本を見ながら描いた漫画の絵を「透かして写したでしょう?!」と言うんですね。いや、透かしてないんだけどなぁ、頑張って隣に置いて見て描いたんだけど。

名札をなくした時も、「ちゃんとつけてなかったあんたが悪い」と言われたことがありますね。私の記憶ではしっかりと付けたんですけど、それでも安全ピンを刺してただけなので、なんかの拍子に外れたんだと思います。私がしっかりと刺していなかったことが原因だった可能性はあるものの、原因それ自体は最早わからないわけなので、様々な可能性を提示する、という方法もあったはずなのです。でも、母は私を「嘘つきだ」と断罪したのですね。

 

広告

 

 

思春期(中高生、大学生くらい)

 

・自分の視点における子供の印象をもって、子供の行動を断罪する。実際に相手が何を考えて、なぜそう考えているのか、実際の子供(私)に向き合わない。

例えば母から一度でも「この子供は我儘」だと認識されたり、「この行動は反抗的だ」と認識されると、それ以上はこちらが何をどう説明しようにも「我儘だから」「反抗的だから」という言葉で片付けられてしまい、相互理解がすすまない。言葉が通じないのは昔からだった。

 

 

・「品の良いお嬢様な感じに育ってほしかった」とか子供本人に言う。

子供本人に母にとっての理想の子供は「お嬢様っぽい子供」であったと言うので、真逆の性格である私は全否定されている。そして母自身はそれに気づいてないと思う。かなしい。

母の理想の娘は、クラシック音楽を好む、服装も女性らしいひらひらした感じで、言葉遣いも丁寧な感じで…というのだったと認識している。でも私は、黒や紺などの暗い色味の方が似合うし、ラフな格好か格好いいと思える服装が好きだし、音楽もUKロック好きだし…

 

 

・罪悪感によって子供を支配しようとする。

高校生にもなって母手作りのアップリケ?のついている手袋を使わせようとする。さんざん好みではないと伝えるものの、悲しい顔をして使わせようとする。しんどい。

 

 

 

・秘密のない関係を強要する。

高校生にもなれば親に言わないことの一つや二つあるでしょうに、遠い子供時代に口約束した「お母さんと秘密はなしね!」を鵜呑みにしている。たぶん子供を他者であると認識していない。親の付属物だと思っている気がする。

 

 

 

・成人式の着物について私の好みは一切無視。

ただこれはしょうがないかな、とも思っている。母の着物が非常に高価だったので、もったいないのでそれを使ってほしい気持ちはまぁわかる。でも全然色味私の肌には合わんかったけどな!レンタルの安いので良かったのでもうちょっと似合うの来たかったな!

 

 

・「あんたが悪い、あんたが気にしすぎるから」

私は生まれてからずっとアトピー性皮膚炎と一緒で、特に小学校高学年から中学までは脱ステロイドの影響で爆発的にひどくなり、眉毛がなくなるほどひどく、自分でも「まるでゾンビのようだな」と思っていました。

その頃は、本当に楽になりたくて、存在自体がそっくりそのまま無くなってしまえば良いのに、と思っていました。

たまたま母校(中学か高校か)の文化祭に弟の何かを見に行ったのだと思いますが、その時にも顔が赤く腫れていたのです。無邪気な後輩に「先輩、顔真っ赤~!」と言われました。そりゃ、自分でもわかっていたのですが、その時の私はまともに食らってしまい、その場はとりつくろえても、もう駄目でした。つらかった。

その時母は「あんたが悪い、あんたが気にしすぎるから」と私に言いました。わかる。気にしすぎても何も解決しない。でも私だって、こんな肌に生まれたくなかった。こんな言葉を、白く健康な肌を持つ母親に言われるくらいなら、心の内のつらさを伝えようとしなければよかった。私は悲しみを解消して、安心したかっただけなのに。

 

広告

 

 

最近も続くこと

 

・相談や提案ではなくほぼ常に命令。

今回の喧嘩の原因はこれ。子供を他者だと認識しておらず、子供は親に従うものだと思っているのかも?

 

 

・子供自身が努力して得た成果を、「運が良いから」「ご先祖様のおかげ」など言うことで、因果関係を子供の努力から切り離す。

これも今回の原因に近い。スピリチュアルな母親なので、目に見えない存在を信じて頻繁に思考停止している。元の性格なのか何なのかわからんけど、目の前にある事実、現実、向き合うべき存在(子供などの他者)を理解しようとしない。

 

 

 

ざっと列挙してみましたが、共通するのが、子供を他者だと認識せず、親の思い通りに支配できるものだと思ってる点かな?と。

中学生か高校生の時に、母親に「我々は他者同士だ」といったことがあるのですが、すっごい勢いで怒られたことがあります。当時はなぜそんなに母が怒るのかわからなかったのですが、たぶん子供と親の分離に対して心理的に抵抗感があったから、瞬間湯沸かし器みたいに怒ったんかな?と推測。あくまでも推測。

 

 

広告

 

 

2020年1月5日追記:理解する姿勢無く根拠なく断言されることに私は怒っているのかも

 

今日、YouTubeの心理学っぽいビデオ見てみたり、夫と話してて気づいたことがあります。

 

私、実母と話が通じないことには大して怒ってないのですね。この件については絶望感しかないですけど、宇宙人か何か、言語コミュニケーションができない相手と話してると思えるので、そこまで激しく怒りにはつながってないです。

 

ただ、私の心の中、何を考え、何を好み、どうしたいのか…という私自身のことを正確に把握することはせずに、「娘は~だから」と断定するのです。

 

本当は、そうではないのに。

 

ここまで概観していただければわかると思うのですが、私の毒母は支配的です。

子供=私を、一つの人格を持った他者として尊重することができないので、まるで自分が子供のすべてを把握しているかのように振舞います。

それが良い方向に働けば、子供の危険をあらかじめ先回りして潰すことができるのでしょう。

しかし私にとっては、ただの毒。

 

このような、相手の本質、本心、意志などを知る努力をせずに、相手に自分が抱く像を押し付けることは、構造的には差別と同じなのでしょう。

例えばそれは、アジア人という表層的な人種的区別をもって、フランスにいつ日本人に対しても「ニーハオ」ということと同じなのです。

 

「ニーハオ」と中国人に間違えられること&差別についての実体験に基づく私見

 

正直、「実母とのいざこざなんて、大げさかな?」「私が悪かったのかな?」なんて、未だに思いがちですが、そんなに自分を責める必要はないのでしょう。

実母がやっていることは、思い込みや偏見をもって、他者を決めつけることに他ならないので。

 

 

おわりに-で、過干渉系の親とどのように接するのが良いのか???

 

って見出し作ったけど、わからん。私が聞きたい。

私もよく覚えてるなぁ…。相当嫌だったんでしょうね。

 

私は母から「わがままだ」「生意気だ」「口ばっかり」と言われて育ったので、自分でも「わがままなんだろうな」「迷惑な人間なのだろうな」という自認で大人になりました。

 

でもそんな私と結婚した夫は、私のことを本気でわがままだとは思っていないのですよ、ふっしぎ~。意見を言うこと、反論すること、やりたいことを主張することを「わがまま」とは認識していないようです。特に否定もされず、普通に「そっかそっか、OK~」って感じで扱われます。

 

 

また私は自分のことを信用できないという状態で今まで生きてきたのですが、それはおそらく実母が私を信用することが無かったからでしょう。信じる・信じられるという体験の蓄積がいわゆる「自信」になるような気がします。

 

そして夫は私を普通に信用しています。そんな夫と一緒に生活していると、私は自分の諸々を信用する・信じるということを再度学びなおしているような、育ちなおしているような感じです。

 

 

私は誰かに支配されていると感じる状態が、この世の中で一番嫌いです。

そして、構造的に偏見や差別に類するなら、私は抗議し続けなければなりません。実母に理解してもらおうとか、実母に態度を改めてもらいたい、などとは思っておりません。ただ、私は私の自由のために戦う必要があるのです。

 

 

あ、こういうモヤモヤした記事を読みたい方は、

 

・カテゴリー「微生物のモヤモヤ雑記」 または

・タグ「もやもや

 

を見ると、微生物がない頭で思考をこねくり回してる様子を観察できます。

普段は楽しいサンアントニオ観光の記事なんかを書いてるので、ぜひブログTOPから見てください。

 

関連記事

加藤諦三『「大人になり切れない人」の心理』は毒親を理解するのに役立つ本

 

 

【毒親のせい?】漠然とした焦りや不安のある人へおすすめの本【加藤諦三の本】

 

 

広告

 

 

広告

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA